1年生は国語総合だった。2年生になって現代文になり、担当がめい先生になった。
めい先生は、猫が大好きで、生徒からは「めいめい」と呼ばれていた。僕より一つ年上で、優しいけれど芯があり、必要なときはちゃんと厳しい。ハイキング部の顧問でもあって、部活では山道を一緒に歩いたこともあった。先生というより、少し年上の知り合いに近い感覚だった。
そのめい先生が、こんな課題を出した。
「どんな人になりたいですか」
課題を前に、僕は少し考えた。
優しい人、強い人、頼れる人。
そういう言葉が頭に浮かんだが、どれもしっくりこなかった。自分が書きたいのは、もっと手前のことだった。
書いたのは、こうだ。
人間になりたい。
クラスで多かった答えは「優しい人になりたい」だった。10代の子たちは、なりたい自分の姿を持っていた。それは羨ましいことだと思う。
でも31歳の僕には、その前に越えないといけないものがあった。
15歳で高校を辞めて、19歳からトラックを走らせて、気づけば31歳になっていた。
順調な人生だったとは、とても言えない。レールに乗れなかったというより、レールの意味がわからないまま脱落して、フラフラと歩いてきた。どこへ向かっているのかも、何のために進んでいるのかもわからないまま、ただ目の前のことをこなしてきた。
もう一度レールに戻ってやり直しながら、本当の自分——自分が何を求めていて、何を大事にしたいのか——を見つけたかったのかもしれない。
だから、自分がまだ「人間」になりきれていないような気がしていた。優しい人になりたい、というのは、まず人間であることが前提の話だ。
僕にはまだ、その前がある。
めい先生は、僕の答えを読んで何も言わなかった。ただ、少しだけ笑っていた気がする。
夜の教室には、そういうものを受け止める静けさがあった。