Re:31歳、高校生活はじめました
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ep.57 2年生

て」ノーる。15た、ル。

2年生の教室。僕の目の前の席には、1年生の時に単位を落として合流してきた「さおりちゃん」が座っている。

彼女はとにかく明るくて、教室の空気を一瞬でパッと明るくする太陽のような子だ。けれど、授業が始まると、彼女は何度も、何度も僕の方を振り返る。

理由は、彼女の「目」にある。 極端に目が悪い彼女は、前の席に座っていても黒板の文字がはっきりと見えないらしい。そのため、僕が書いたノートを彼女がその都度持っていき、自分のノートに書き写す……というのが、彼女のいつもの授業スタイルになっていた。

僕がノートを書く。 すると、さおりちゃんがくるりと振り返って、僕のノートを自分の机へ持っていく。 彼女が書き写している間、僕は少し待る。 書き終えた彼女からノートが戻ってきたら、僕はまた続きを書く。

授業中、僕たちの間ではこの「ノート・リレー」が延々と繰り返されるのだ。

(……最前列に席を変えてもらえばいいのに)

正直に言えば、自分のペースで書き進められないのは少しだけ集中が削がれるし、ノートが手元から消える時間は少し落ち着かない。けれど、さおりちゃんのあの屈託のない笑顔で「板野くん、お願い!」と言われると、32歳の「おじさん」はどうしても甘くなってしまうのだ。

「板野くーん、ごめん。ここ、なんて書いてある?」 「……これ? 『冷戦の終結』だよ」

そんなやり取りを繰り返しながら、僕はふと疑問に思った。 選択授業などで僕と別室のとき、彼女はどうやってノートを取っているのだろうか。気になって聞いてみたところ、返ってきたのは僕の想像を超えた答えだった。

「あぁ、板野くんがいないときは、スマホで黒板を撮って、画面を拡大してノート取ってるよ」

その答えに、僕は感心してしまった。

「へぇ……スマホで撮って、拡大して見るのか。なるほどな」

僕が現役の高校生だった15年前、授業中にスマホ(当時はまだガラケーの走りだったが)を出すなんて考えられなかった。黒板の文字は、消される前に必死になって、腱鞘炎になりそうなくらい手を動かして写し取るのが「当たり前」だったのだ。

けれど、今の彼女たちにとって、スマホは単なる遊び道具ではない。 目が悪ければカメラで撮って、ズーム機能を使って手元で確認する。それは彼女たちにとっては、眼鏡やコンタクトと同じような、当たり前の「補助ツール」なのだ。

「スマホで撮れるなら、わざわざ書き写さなくてもいいんじゃない?」とも思ったが、彼女は撮った画像を見返しながら、後でちゃんと自分の手でノートを埋めているらしい。

別の教室で離れている時の話だから、その姿を直接見たわけではないけれど、道具は変わっても「自分の手で記録する」という姿勢は変わらないんだなと、なんだか感心してしまった。

スマホをそんな風に使うなんて、32歳の僕には思いつきもしなかった解決策だ。

「今の子は、こんな風にスマホを使いこなすのか……」

感心すると同時に、自分の中にあった「学校ではこうあるべき」という固定観念が、少しだけアップデートされた気がした。

15年という空白。 もちろん、さおりちゃんのケースは「目が悪い」という事情から生まれた、彼女なりの『特殊なパターン』だったのかもしれない。けれど、スマホを当たり前の道具として学びに取り入れるその光景は、ノートの取り方一つとっても、これほどまでに世界が変わったのだということを僕に教えてくれた。

僕は、僕のノートを一生懸命に写すさおりちゃんの背中を眺めながら、新しい時代の授業の形を、教室の片隅で静かに受け入れていた。

つづく →