学校の近くのコンビニで、後輩の子が推していたYouTuberに偶然会ったことがある。
僕には、正直ただの兄ちゃんに見えた。
でも、その子にとっては違った。画面の向こうにいた人が、目の前にいる。それだけで、彼女の空気が変わった。
声をかけたいけれど、かけられない。そういう顔をしていた。
だから僕が代わりに声をかけた。僕はそのYouTuberのことを、ほとんど知らなかった。だから緊張もしなかった。知らないというのは、ある意味で強い。
後輩とそのYouTuberが並んで、写真を撮った。僕は撮影係だった。
別の話もある。
学校終わりにファミレスに入ったら、はじめしゃちょーがいた。たぶん一緒にいたのはダンテさんだったと思う。普通にご飯を食べていた。
僕ははじめしゃちょーのことを「名前は聞いたことあるな」程度には知っていた。でも当時の僕はYouTubeをあまり見ていなかった。というか、見る時間がなかった。仕事、学校、部活、課題で忙しかった。
2016年ごろのはじめしゃちょーはすでにかなり人気だったらしいけれど、僕はそこまで知らなかった。
僕自身は、写真を撮ってもらっていない。正直、そこまで興味がなかった。というか、今会ってもたぶん撮らないと思う。有名人だから写真を撮りたい、という感覚が、僕にはあまりない。
でも、誰かがその人を見て本気で喜んでいるなら、その写真を撮る係くらいは、喜んでやる。
僕にはただの兄ちゃんでも、誰かにはスターだった。
これは、けっこう大事なことだと思う。自分には価値がわからないものでも、誰かにとっては宝物みたいなものがある。自分には普通に見える人でも、誰かにとっては画面の向こうにいた憧れの人だったりする。
誰かの「好き」は、自分がわからなくても大事にした方がいい。
僕はその日、ただの撮影係だった。でも、たぶん少しだけ役に立てた。