卒業式が終わると、張り詰めていた空気は一気に和らいだ。
校舎の前には卒業生たちが集まり、あちこちで記念撮影が始まる。みんな、高校生活最後の思い出を写真に残そうと必死だ。僕はその賑やかな光景を横目に、生徒会としての次の役割を果たすため、食堂へと向かった。
食堂では、式後の「茶話会(さわかい)」の準備が整えられていた。 ここでは軽食が用意され、卒業生、先生、および親御さんが集まって、1時間程度の短いパーティーが開催される。
実は、この1時間が、僕たち在校生が卒業生と「生徒」として言葉をかわせる、本当の最後の瞬間だった。
パーティーが始まると、そこは式典の厳格さとは正反対の、温かな笑顔に満ちた空間になった。 最初は先生たちが卒業生へ向けて歌を贈っていたのだが、やがてその歌の輪は会場全体へと広がっていった。
「みんなで歌おう!」
誰からともなくそんな声が上がり、気づけば卒業生も、僕たち在校生も、および先生や親御さんまでもが、一つになって声を合わせていた。
僕は生徒会のメンバーということもあり、賑やかな輪の真ん中ではなく、食堂の端っこのほうで軽食をいただきながら、その様子を静かに見守っていた。
狭い食堂に響き渡る、大合唱。 一緒にテーブルを囲む親御さんたちの表情が、また格別だった。 立派にやり遂げた我が子の晴れ姿を、眩しそうに見つめるその瞳。合唱に加わりながら、その奥にはきっと、この4年間の月日が鮮やかによみがえっていたのだろう。 「あぁ、みんな立派に卒業していくんだな。この子たちの4年間は、どんなに濃いものだったんだろう」 和やかな雰囲気の中で、彼らの歩みを想像し、深く安堵している親御さんたちの顔には、言葉にならない誇りが滲んでいた。
みんなの歌声を聞きながら、かつて自分が学校を投げ出したときには決して味わえなかった、「やり遂げた人たち」だけが共有できる幸福な空気を、僕は端っこから全身で吸い込んだ。
時計の針が進むごとに、彼らが「生徒」ではなくなっていく。この時間が終われば、明日から彼らがこの廊下を歩くことはもうない。
そして、いよいよお開きの時間が近づいた。 みんなが席を立ち、帰り支度を整えて食堂を後にしようとする、その瞬間。
僕は意を決して、出口へと向かう先輩たちのところへ歩み寄った。
「卒業、本当におめでとうございます。今までありがとうございました」
ハイキング部で一緒に大きなハンバーガーを食べたきみ先輩や、僕の拙い歌を「良かった」と言ってくれたあかい先輩。これが本当に最後なんだ、という思いを込めてお礼を伝えると、みんな今日一番の晴れやかな笑顔で足を止めてくれた。
「板野さんも、これから生徒会長がんばってね!」
その言葉を受け取りながら、僕は改めてこの1年間の重みを感じていた。 32歳のおじさんを「かいちょー」と呼んで、当たり前のように仲間に加えてくれた先輩たち。彼らが去っていくことで、学校から一つの大切な色が抜けてしまうような寂しさがあった。けれど、それ以上に「僕もいつか彼らのように、胸を張れる姿でここを去る日を迎えよう」という決意が、温かな灯火のように僕の中に宿っていた。
食堂に響いていた歌声と「おめでとう」の余韻が、少しずつ静かになっていく。 卒業していく先輩たちを見送りながら、僕の「1年生」という季節もまた、静かに、けれど確実に終わりを告げようとしていた。
かつて16歳で学校を投げ出した僕が、16年後に「見送る側」として卒業式を終えた。 やり直しに遅すぎることはない。そして、本気で向き合えば、想いはちゃんと届く。
食堂に残った温かな合唱の余韻を胸に、僕は一つ、大きな階段を登り終えた。 けれど、1年生としての時間はまだ、わずかに残っている。
最後に確かめなければならない、僕自身の「結果」があったんだ。