新校舎に移って数週間。 僕たちは、あの「物置のような部室」に機材を詰め込み、なんとか活動を続けていた。けれど、現実は想像以上に厳しかった。ドラムを叩けば狭いコンクリートの壁に音が跳ね返り、耳が痛くなるだけで、自分のギターの音すら聞こえない。
「板野さん、やっぱりこれ、おかしいですよ」 「ここで練習を続けるのは、正直きついです」
部員たちの不満も、限界に達していた。 1年生の終わりが見えてきた2月。僕は生徒会長としての責任感と、32歳の大人としての経験を総動員して、行動を起こすことに決めた。
「交渉しよう。ただ文句を言うんじゃなくて、向こうに『これは物理的に無理だ』と認めさせるんだ」
僕は担当の先生をあの狭い部室に呼び出した。 「先生、ちょっと見てください。ここで僕たちがどんなふうに練習しているか、一度だけでいいから体感してほしいんです」
言葉で説明するより、実際に音を聴かせるのが早い。 僕たちは、機材でぎゅうぎゅう詰めのその狭い部屋に無理やり入り込み、先生の目の前で一斉に演奏を始めた。
ドォォォォン!!
防音もクッションもないコンクリートの箱の中で、ドラムとアンプの音が爆発した。 会話なんて成立しない。音の暴力のような振動が部屋中に響き渡り、空気が震える。先生は耳を塞ぎ、あまりの騒音と圧迫感に顔を顰(しか)めた。
「百聞は一見にしかず」ならぬ「百聞は一聴にしかず」。 これが僕たちの現実だ。その「音の塊」こそが、どんな言葉よりも説得力のある交渉材料になった。
「……わかった。確かに、これはちょっと酷だな。耳がおかしくなりそうだ」
先生がそう認めた瞬間、勝負は決まった。 そこからの交渉は、驚くほどスムーズだった。僕は、空いている時間帯の「視聴覚室」を使わせてほしいと論理的に提案した。視聴覚室なら100人は入れる広さがあり、壁も防音仕様になっている。学校にとっても、騒音問題を解決しつつ、使われていない教室を活用できるメリットがあるはずだ。
粘り強い交渉の末、ついに練習時のみ視聴覚室の使用許可が下りた。
当初のあの「物置」は、重い楽器を置いておくための「保管庫」として。 そして、広い視聴覚室は、僕たちの「最高のステージ」として。 僕たちは、自分たちの手で2つの拠点をもぎ取ったのだ。
「交渉は、やっぱりやってみるものだな」
もちろん、練習のたびに保管庫から重い機材を運び出すという地味な手間は増えた。けれど、誰に気兼ねすることなく音を出せるあの1時間は、何物にも代えがたい。
21時に授業が終わり、22時の下校チャイムが鳴るまで。 広い視聴覚室に響き渡る、僕たちの音。
それは、自分たちの力で環境を変え、勝ち取った「自由の音」だった。 1年生の最後に手に入れたこの場所が、これから始まる2年生、そしてその先の僕たちの音楽を、もっと自由に、もっと楽しく変えてくれる。そう確信した冬の夜だった。