選挙戦の第一歩は、「立候補者カード」の作成から始まる。 マニフェストや意気込み、自己紹介を書き込み、一週間にわたって校内の掲示板に張り出される、いわば「選挙ポスター」のようなものだ。
僕は考えた。 「内容を細かく書いたところで、誰も読まへんやろうな」
そこで、自己紹介欄の一番目立つ場所に、できるだけ大きな文字でこう書き込んだ。
「好きな食べ物 やきそば」
関西人の僕は、実際に焼きそばが大好きだ。けれど、これ自体に深い意味があるわけではない。生徒会とは一ミリも関係ないこの一言をあえて選んだのは、「焼きそば好きの、ちょっと変わったおじさん」という親しみやすいイメージを植え付けるための作戦だった。
まずは「なんやこれ?」と興味を持ってもらい、正体の知れない31歳の新入生を、少しでも身近に感じてもらう。そうして足を止めてもらった上で、その横に書いた「みんなが楽しく通える学校にしたい」という本質的なメッセージを読んでもらう。それが僕の狙いだった。
そして一週間後、いよいよ演説当日。 会場の食堂内はすでにお喋りの声で溢れていた。選挙に興味のない子たちがグループで雑談をしており、お世辞にも「演説を聞く準備ができている」とは言い難い、騒がしい雰囲気だった。
会長・副会長の候補者たちが順に壇上へ上がっていく。他の候補者たちがそんな喧騒の中で真面目な演説を続ける中、僕の番は最後だった。
僕が壇上に上がっても、会場のざわつきは収まらない。静かになるのを待っていると、先生から「時間がないから巻いてくれ」と急かされる始末だ。さらに、後方の席では一部の4年生たちが特に盛り上がっていて、こちらの話など全く眼中にない様子だった。
1年生には、上級生を注意するのは難しい。でも、31歳の僕には関係なかった。
「そこで喋ってる君ら!今からおじさんが面白くない話するから、5分だけ時間をくれへん?お願いします!」
関西弁で真っ直ぐ語りかけると、彼らは驚いたような顔をして、すぐに私語をやめてこちらに耳を傾けてくれた。
「見ての通り、見た目は1年生ではありません。僕が立候補したのは、学校を面白くしたいからです。僕は現役の16歳のころ、大阪の高校を半年で辞めました。理由は、学校がつまらなかったからです。でも、大人になって気づきました。学校を面白くするのは、誰かじゃなくて自分自身やということに。今、学校が面白くないと思っている人は、ぜひ僕に投票してください」
そして、僕はこう締めくくった。
「絶対に楽しい学生生活にできる!とは言えませんが、少なくとも今よりは楽しい雰囲気の学校にしたいと思います。よろしくお願いします」
最後、真っ直ぐこちらを向いてくれた全校生徒に向けて、僕はもう一度声をかけた。
「最後まで静かに聞いてくれて、ありがとう」
ゆっくり、はっきりと、丁寧に。 その言葉を投げかけると、会場の全員が穏やかな表情でこちらを見ていた。食堂の隅々まで、自分の想いと感謝が届いている手応えがあった。