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ep.34

31歳が、文化祭でバンドのライブをした。

11月に入り、校舎の隙間を吹き抜ける風が少しずつ冷たくなってきた。そんな「文化の日」を目前に控えた週末、僕たちの学校では一番のビッグイベントである文化祭が開催された。

近隣の小中学生や家族連れもやってくる、学校中が特別な熱気に包まれる日だ。

僕たち1年生の出し物は多岐にわたった。カレーライスにトッポギ、ダンス、ゴジラの展示。その中で、僕が企画したのが「リアル脱出ゲーム」だった。

当時、ちまたで大きなブームになっていたこともあり、「これなら大人から子供まで夢中になれるはずだ」と考えたのだ。2週間かけて、難易度3段階のコースを練り上げた。クリアした子にはお菓子の詰め合わせをプレゼントする。参加費無料ということもあって、小学生たちが次々と挑戦しにきてくれた。

「うわ、これめっちゃ難しい!」

なんて苦戦しながらも、最後には笑顔で帰っていく子供たち。必死に考えたギミックを楽しんでくれている姿を見て、企画した側として静かな満足感に浸っていた。

けれど、僕にとっての本当の「本番」は別にあった。軽音部でのライブだ。

バンド名は「pickupband」。 メンバーは、4年生のマッキー先輩(ギター)、同級生のみつき(ボーカル)、まさみ(ギター)、ひさと(ドラム)、そしてベースを担当する僕の5人だ。

実は当初、僕もギターを弾くつもりでいた。けれど、ギターが2人いてもバンドとしてのアンサンブルが成立しない。誰かが低音を支えなければ「演奏」にならないのだ。そう判断した僕は、急遽パートをベースに変更することにした。31歳の新人ベーシスト、ゼロからの再スタートだった。

練習は過酷だった。ボーカルのみつきは声が枯めるまで歌い込み、ギターのまさみは入部当初こそ初心者だったが、この数ヶ月で目覚ましい成長を遂げ、立派に曲を形にしていた。

そしてドラムのひさとは、入部初日から目を見張るようなスティックさばきを見せていた。一回り以上も年下の彼が叩き出すその正確で力強いリズムに、僕は思わず「本当に素人か?」と疑ってしまったほどだ。10年働いてきた僕の経験とはまた違う、眩しいほどの才能とエネルギーがそこにはあった。

本番では5人で演奏する曲のほかに、3年生のさっつん先輩と僕の二人で、YUIの「CHERRY」を弾き語りで披露することになっていた。

人前で楽器を演奏するのは、人生で初めてのことだ。 ステージの袖で出番を待つ間、心臓の鼓動が耳元まで響くほど緊張していた。けれど、いざステージに立って客席を見渡したとき、あやちゃんが見に来てくれているのが分かった。あのいつものニコニコ顔を見つけた瞬間、ふっと肩の力が抜けるのが分かった。

「指が動かなくなったらどうしよう」なんて不安は、音を出した瞬間にどこかへ吹き飛んだ。スポットライトを浴びて、仲間と音を重ねる。かつてトラックの運転席で一人、ラジオから流れる音楽を聴いていた僕が、今はその音を作る側にいる。その高揚感は、何物にも代えがたいものだった。

ライブが終わり、心地よい疲労感の中で片付けを済ませて、最後に部室へ集まった。

ふと見ると、4年生のマッキー先輩が泣いていた。

「ずっと、やりたかったんだ……でも、人がいなくて、ずっとできなかったんだ……」

マッキー先輩はずっと、一人で軽音部に在籍していた。バンドを組みたくてもメンバーが揃わず、ずっとその機会を待っていたのだという。4年生、最後の文化祭。僕がこの部を立ち上げ、メンバーを集めたことで、彼はようやく夢だったステージに立つことができたのだ。

「最後の文化祭に、間に合ってよかった……本当にありがとう」

泣き笑いの顔でそう語る先輩の言葉を聞いて、こっちまで胸が熱くなった。

最後に、みんなで部室に集まって写真を撮った。泣きはらした顔の先輩を囲んで、最高の笑顔で収まった一枚。その写真は、ただの「文化祭の思い出」以上の、僕たちが全力で駆け抜けた証のように見えた。

入学してまだ半年ちょっと。 31歳の僕が、10代の仲間たちと汗を流し、誰かの夢の瞬間に立ち会う。 思っていたよりも、ずっと彩り豊かな、いい時間がここには流れていた。