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ep.32 1年生

成績への直談判。

僕には、入学時に立てた本気の目標があった。「学年1位の成績で卒業すること」。そのためには、すべての教科で「5」を取る、オール5が必須条件だった。

1年生の前期。初めて手渡された通知表。ドキドキしながら中身を確認した僕の目に、信じられない数字が飛び込んできた。

数学が、「4」だったのだ。

一瞬、頭の中が真っ白になった。授業態度は悪くないはずだし、定期考査でも100点を取っている。欠席も一度もない。客観的に見て、5がつかない理由がどこにも見当たらなかった。

「……これはおかしい」

納得がいかなかった。だが、ここで感情的に怒鳴り込むのは大人のやり方じゃない。元々理屈っぽい性格の僕は、まず「敵」を知ることから始めた。つまり、今の学校教育における「評価」の仕組みについて徹底的に調べたのだ。

この「周到な準備」こそが、15年前の僕にはできなかった、大人の行動だ。

他の先生にも相談してみた。「テストで満点を取って、出席も完璧なのに4なんてことがあるんですか?」と。すると先生は驚いた顔をして、「それは確かにおかしい。抗議したほうがいい」と背中を押してくれた。

理論武装を終えた僕は、満を持して数学の先生のもとへ直談判しに行った。

「なぜ、僕の成績は4なのですか?」

単刀直入に問いかけた。しかし、先生の回答はひどく曖昧なものだった。「全体的なバランスが……」とか「もう少し頑張りが……」とか、納得のいく説明は一向に出てこない。

業を煮やした僕が、「成績の付け方に納得がいきません」とはっきり伝えると、数学の先生は驚くほど突飛な、そして理不尽な理屈を持ち出してきた。

「君は他の教科、例えば体育も5をもらったみたいだけど、31歳のおじさんが16歳たちと同じ体力じゃないんだから、そもそも5がもらえるはずがないんだよ。それと同じでね……」

……絶句した。数学の成績の話をしているのに、なぜか関係のない体育を引き合いに出し、「年齢相応のハンデがあって当然」と言わんばかりの論理。大人だからという理由で、現役生よりも厳しい基準を課されたり、正当な評価を抑えられたりするのは、あまりに不当だ。

けれど、僕には調べてきた「武器」があった。

「先生、僕らが現役だった頃の『相対評価』はもう終わっていますよね。今は個人の達成度を見る『絶対評価』へ移行しているはずです」

僕は、文科省の通知に基づいた評価基準を突きつけた。「今の評価は、集団内での順位ではなく、本人が目標に対してどれだけ成果を出したかを見るものです。テストで満点を取り、授業態度も悪くない僕の成績を4とする根拠は、今の評価制度に照らせば不当ではないですか?」

理路整然とした僕の正論を前に、先生はついに言葉を詰まらせた。感情的な反論ではなく、制度の矛盾を突く。トラックドライバーとして社会の荒波に揉まれてきた僕にとって、これが一番確実な交渉術だった。

先生はようやく、「わかった。4から5へ訂正する」とその場で約束してくれた。

あの時、もし僕が「先生が決めたことだから」と泣き寝入りしていたら、オール5の夢はそこで途絶えていただろう。

大人の高校生は、ただ素直に授業を受けるだけではない。理不尽には、準備を整えてから理屈で立ち向かう。訂正された「5」の文字を見つめながら、僕は改めて、自分の価値は自分で守り抜くのだと心に決めた。