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ep.27 1年生

一人で食べている子に、必ず声をかけた理由。

定時制高校の給食時間は、17時15分から40分までの、わずか25分間だ。

この短い時間に、僕は一つの「マイルール」を自分に課していた。 それは、毎日必ず誰かの隣に座って、会話をすることだ。

うちの学校の食堂は、1年生から4年生まで全学年が一堂に会する。さらにそこには、担任の先生だけでなく、校長先生までもが普通にトレイを持って現れる。 クラスや立場の垣根がない、夜間定時制ならではの不思議で温かい「社交場」だった。

僕は、食堂の隅で一人ぽつんと座っている子を見かけたら、迷わずその隣にトレイを置いた。

「隣、いいかな? よろしくな」

「ぼっち」――あまり良い言葉ではないかもしれないけれど、一人で静かに食べている子たちに、僕は積極的に声をかけ続けた。

もちろん、31歳の僕という存在を知ってほしかったという思いもある。けれど、僕にはもう一つ、密かな「狙い」があった。

それは、僕が彼ら一人ひとりと顔見知りになることで、彼ら同士を繋ぐ「ハブ(中継地点)」になることだ。

一人で食べているAくんに声をかけ、翌日はBさんに声をかける。そうやって僕を介した小さな接点をいくつも作っていく。 すると、僕が誰かと話しているときに、別の知り合いが通りかかって「あ、板野さん」と声がかかる。そこから自然と、これまで一人だった子たちが、僕という共通の知り合いを通じてお互いを知り、言葉を交わすようになっていく。

「学校なんて、ただ耐えるだけの場所だ」と決めつけている子たちが、美味そうに給食を頬張る僕の姿を見て、ふと立ち止まってくれたらいい。

『あのおじさん、なんであんなに楽しそうなんだ?』 『毎日ここに来るのも、案外、悪くないのかもな』

そんなふうに思ってもらえるだけでなく、僕をきっかけに「一人だった子」と「一人だった子」が繋がり、新しい居場所が生まれること。それが僕の目指していた、理想の給食風景だった。

言葉で「仲良くしよう」と説得するよりも、僕自身が動いて「点」と「点」を線で結んでいく。そんな「動く広告塔」兼「コミュニティのハブ」のような気持ちで、僕は毎日誰かに声をかけ続けていた。

また、校長先生や先生たちと一緒に食べる時間も、僕にとっては至福のひとときだった。

普通の高校生なら、校長先生と膝を突き合わせて話す機会なんて、卒業まで一度もなくて当たり前だ。けれどここでは、同じテーブルで「今日の給食、美味しいですね」なんて言い合いながら、世間話に花を咲かせることができる。

職員室のデスク越しではない、一人の人間としての対話。 そこからは、先生たちの意外な素顔や、他クラスの状況といった情報が自然と集まってきた。 顔と名前は一致しなくても、「あのクラスには、こういうことで悩んでいる子がいるんだな」という感覚が、自分の中に少しずつ蓄積されていく実感があった。

「学校は勉強するだけの場所じゃない」

400円の給食を囲みながら過ごした、あの慌ただしくも温かい25分間。 一人で食べていた子の隣に座り、時には校長先生と語り合う。

その小さな積み重ねが、冷めていた教室の空気を少しずつ温めていくような気がした。 誰かにとっての「学校に来る理由」に、僕という存在が少しでもなれていたらいいなと思っていた。