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ep.26 1年生

ギターを触ったことがない子に、コードを教えた。

軽音部に入部してすぐ、僕たちの前には大きな「壁」が立ちはだかった。

一緒に見学に行ったまさみは、ギターを触ったことが一度もなかったのだ。人気アニメ「けいおん!」に憧れて入部を決めたのはいいけれど、実際に楽器を手に取るのはこれが人生で初めて。弦の押さえ方はもちろん、ピックの持ち方すらわからない状態からのスタートだった。

「板野さん、どうすればいいですか……?」

戸惑う15歳の少年の姿を見て、僕は「よし、僕が教えるよ」と買って出た。 31歳のおじさんと、15歳の初心者。かつて中学生の時に必死でスコアブックを捲っていた頃の自分を思い出しながら、僕はまさみにギターの基本を伝えていくことにした。

まずは簡単なコードの形を教え、指の押さえ方を一緒に確認し、音を出してみる。 最初は指先が赤くなって痛み、「F」などの難しいコードでは、力を込めてもポコポコと鈍い音しか出ない。それでも、まさみは諦めなかった。

部活の時間だけでなく、休み時間や授業の合間の空き時間にも、僕たちは部室や教室の片隅でギターを鳴らした。少しずつ指の皮が厚くなり、弦が指に馴染んでいく。 「あ、出た! 今、綺麗な音が出ました!」 まさみが嬉しそうに声を上げるたび、僕も自分のことのように喜びを感じていた。

不思議なもので、誰かに教えるという作業は、自分自身の技術を復習することにもなる。まさみが上達していくのと並行して、僕自身もかつての感覚を鮮明に取り戻し、ギターがより自分の身体の一部になっていく感覚があった。二人で何度も、何度も同じフレーズを繰り返した。

さて、ギターが二人揃ったところで、次なる課題はリズムの要である「ドラム」だった。 そこで僕は、同じクラスの「ひさと」に声をかけることにした。

ひさとは、クラスの中でも一際独特な雰囲気を放っている少年だった。 細身の体型に、一重の涼しげな目元。さらさらとした髪をなびかせ、いつもどこか遠くを見ているような、つかみどころのないタイプだ。

彼は大のゲーム好きで、特に『悪魔城ドラキュラ』に心酔していた。休み時間には、よくゲームの主人公が鞭を振るう独特な動きを完コピして披露しており、そのマニアックなこだわりには僕も一目置いていた。

「ひさと、ドラムやってほしいんだけど。興味ない?」

僕が誘うと、ひさとはいつもの飄々とした調子で、あっさりと答えた。

「いいっすよ」

その二つ返事に驚きながらも、さっそく部室へ連れて行き、スティックを握らせてみた。 すると、どうだろう。 生まれて初めてドラムセットの前に座ったはずのひさとは、驚くほど最初から「様(さま)」になっていたのだ。

ドンドパッ、ドンドパッ。

基礎的なビートを叩かせると、重たい音が正確なリズムで刻まれる。 天性のセンスなのか、あるいは格闘ゲームやアクションゲームで鍛え上げたリズム感なのか。なんにせよ、ひさとの叩き出すビートは、僕たちの拙いギターをしっかりと支えてくれる力強さがあった。

こうして、僕たちのバンドの骨組みがようやく出来上がった。 「けいおん!」に憧れた初心者と、ゲームの動きを完コピする不思議な少年。そして、31歳の元トラックドライバー。

バラバラな個性が、狭い放送室の中で少しずつ一つの「音」になろうとしていた。