体験入部の期間中、僕に声をかけてくれたのは、あの年齢告白の時に驚きを隠さなかった「みつき」くんだった。
「板野さん、一緒に軽音部の見学、行きませんか?」
その一言が、なんだか無性に嬉しかった。 自分から「面白くする」と決めてはいたけれど、まさか15歳も年下の少年から「一緒にやろう」と誘ってもらえるなんて思ってもみなかったからだ。
僕たちは、みつきの中学からの友人であるまさみも誘い、3人で軽音楽部の部室へと向かった。
「ここ……かな?」
案内されたドアを恐る恐る開けた瞬間、僕の頭に真っ先に浮かんだのは「狭い!」という言葉だった。 そこは、放送室として使われている部屋を間借りしている場所だった。12畳ほどのスペースに、アンプやドラムセット、バンド機材が所狭しと置かれている。そこに僕ら3人が入ると、もうそれだけで部屋の密度が限界に達しそうだった。
けれど、壁際に立てかけられたエレキギターや、独特な機材の匂いに、僕は一気にテンションが上がった。 「本物のバンドの部室だ……」 31歳になっても、こういう秘密基地のような空間には抗えないワクワクがある。
中には、4年生の先輩が二人いた。「マッキー先輩」と「O先輩」だ。 話を聞くと、他にも部員はいるらしいが、ほとんど顔を出さない幽霊部員ばかりで、実質はこの二人だけで活動しているのだという。
「あ、一年生……だよね? よろしく」
先輩たちは、31歳の僕を見ても驚く風でもなく、自然に迎え入れてくれた。 実は、僕はギターという楽器に全く馴染みがなかったわけではない。
中学生の頃、世の中は空前のビジュアル系バンドブームだった。LUNA SEA、GLAY、L’Arc-en-Ciel……。テレビから流れてくる彼らの派手なビジュアルと圧倒的なサウンドに、僕はすっかり心を奪われていた。
「自分もあんなふうに弾いてみたい」
そんな純粋な憧れから、お年玉や小遣いを貯めて、自分専用のギターを買った。誰に習うわけでもなく、ボロボロになるまで読み込んだスコアブックを片手に、彼らの曲を必死にコピーした。不器用ながらも、憧れのヒーローたちの音に一歩でも近づきたくて、夢中で弦を弾いていたあの夏の日々。
大人になり、仕事に追われる中で一度は手放してしまった楽器。けれど、あの時自分のギターを手に入れた時の高揚感と、指先に伝わる弦の感触は、僕の記憶のどこかにずっと残り続けていた。
「またやってみるのも、面白いかもしれないな」
久しぶりに触れるギターを前に、僕はそんなことを考えていた。
一緒にいた二人の動機も、それぞれに初々しかった。 みつきは、お兄さんの影響で楽器に興味を持ったらしい。 まさみは、人気アニメ「けいおん!」を見て楽器に憧れたのだという。
31歳の挫折を知るおじさん、兄への憧れを持つ少年、およびアニメに背中を押された少年。 きっかけはバラバラだし、実年齢は一回り以上も違うけれど、「音楽をやりたい」という一点において、僕たちの間に壁はなかった。
「よし、入ろう」
狭くて、暑苦しくて、でもどこか誇らしい放送室。 みつきが誘ってくれたおかげで、僕の新しい「放課後」が、また一つ増えることになった。