高校には「芸術」の授業がある。 音楽、美術、および書道。この3つの中から一つを選んで履修する選択式なのだが、僕は迷うことなく「書道」を選んだ。
理由は、驚くほどシンプルだ。 僕の字が、壊滅的に下手だったからだ。
読めないほどではないけれど、自分で見ていて嫌になるくらい、バランスが悪くて不格好な字。これまでの人生、ずっとコンプレックスだった。
「せっかくやり直しに来たんだ。得意なことや楽なことじゃなく、一番苦手なものを選ぼう」
それが、入学時に立てた「全力を出す」という目標に相応しい選択だと思った。31歳の「1年生」として、自分を甘やかしたくなかった。
案の定、書道は圧倒的に不人気だった。 1年生の普通科、約60人の中で自ら書道を志望したのは、僕を含めてたったの3人。残りの8人ほどは、希望調査の時にサボっていたりして、定員割れの枠に勝手に振り分けられた子たちだった。彼らにとっては不本意な書道だっただろう。なんだか、巻き込んでしまって申し訳ない。
けれど、そこに現れた先生を見て、僕の心は一気に躍った。
担当は、生徒たちの間で「仙人」と呼ばれているおじいちゃん先生だ。 名前は忘れてしまったけれど、見た目はまさに仙人そのもの。長く豊かな白髭が特徴的で、そこから漏れる声には不思議な威厳があった。
噂によれば、書道の世界ではかなり有名な方らしく、中国の大きなイベントに招待されたこともあるという。本当かどうか気になってネットで名前を検索してみたら、いくつか実績がヒットした。本物の「凄腕」が、夜の定時制に教えに来ている。その事実に、僕は少し武者震いした。
「おじいちゃん先生だし、優しく、のんびりと教えてくれるんだろうな」
最初はそんなふうに高を括っていた。 けれど、その予想は初日の授業で、見事に打ち砕かれることになる。
「違う! やり直し!」
仙人先生の指導は、驚くほど厳しかった。 ひらがなの「の」一文字を書くだけで、何度も何度も突き返される。
僕はトラックドライバーとして、ロープを操る荷締めや、細かい積み込み作業など、手先はそれなりに器用な方だと思っていた。機械的な作業なら人並み以上にこなせる自信があったのだ。けれど、毛筆という「表現」の世界は、それとは全くの別物だった。
筆を置く角度、墨の含ませ方、そして最後の一画の「払い」の動かし方。 どれ一つとっても、自分の意志が筆先に伝わらない。真っ白な半紙を前に、僕は一人の幼児のように無力だった。
難しかった。本当に、難しかった。 けれど、思い通りにいかないからこそ、僕は熱くなった。
墨の匂いが立ち込める夜の教室で、僕は「仙人」の鋭い視線を感じながら、何度も何度も筆を走らせる。 「1位で卒業する」という目標も大事だけれど、今はただ、この白い紙の上に自分の意志を込めた「一本の線」を引きたい。
31歳の書道。 それは、自分でも驚くほど泥臭く、および純粋な、新しい挑戦の始まりだった。