授業が終わる、夜の21時。 普通なら真っ直ぐ家に帰る時間だが、僕たちの「放課後」はここから始まる。 向かう先は、図書室だ。
試験前などは授業の始まる前に行くこともあるけれど、日常の図書室は、一日の終わりを締めくくる僕たちの定番スポットだった。
僕の定位置は、司書さんのカウンターがすぐ目の前に見える、一番手前のテーブル席。すぐ隣にはソファ席がある。そこでは、仕事明けの疲れからか、深い眠りについている子がよくいた。その静かな寝顔の横で、別のテーブルからは賑やかな声が聞こえてくる。
スマホゲームに熱中する者。トランプを広げて盛り上がる者。 図書室という場所のイメージとは少し違う、自由で、どこか騒がしい時間。10代の彼らが放つエネルギーが、夜の静かな部屋に満ちていた。
図書室の司書さんは、驚くほど明るくて素敵な方だった。 全日制の生徒も、定時制の僕らも。彼女は、全校生徒の顔と名前をすべて覚えていた。
「板野さん、お疲れ様」
その明るい声に、どれだけ救われただろう。 31歳。大人として社会に出て、どこか周囲から「浮いている」自覚があった僕を、彼女は当たり前のように「一人の生徒」として、名前で呼んでくれた。
その一言が、自分はこの場所にいていいのだと肯定してくれているようで、本当に、心の底から嬉しかった。
正直に言えば、僕はあまり本を読まない。 みんながゲームやカードに興じている横で、僕はもっぱら雑誌を眺めていた。パラパラとページをめくりながら、たまに誰かの会話に加わる。
そこに集まる誰もが居心地の良さを感じていたのは、きっと司書さんが作ってくれる明るい雰囲気があったからだ。ただ誰かと話したい人、少しだけ羽を伸ばしたい人。彼女の温かな視線の先で、僕たちは「31歳」や「15歳」といった肩書きのない、ただの高校生に戻る。
やがて、夜の静寂を切り裂くように下校のチャイムが鳴る。 21時45分。それが僕たちの解散の合図だ。 チャイムが鳴り響く最後の瞬間まで、僕たちはこの場所を離れなかった。
「おやすみなさい」
司書さんに挨拶をして、校門を出る。 夜の街へ繰り出すわけでもなく、ただ真っ直ぐに家へと向かう。 31歳の僕にとって、この場所は、今日一日を無事に終え、また明日を頑張るための大切な中継地点だった。