Re:31歳、高校生活はじめました
← もどる
ep.13 高校入学前

日。

願書を提出してから試験本番までの、18日間。 僕は、これまでの人生で最も真面目に「勉強」というものに向き合った。

15歳で学校を辞めてから、十数年。ペンを握る習慣さえ失っていた僕にとって、中学レベルの国語・数学・英語は、もはや未知の言語に近い状態だった。

「18日間で、どこまで取り戻せるか」

僕はパソコンを開き、YouTubeで中学の基礎動画を探し続けた。 画面の中の先生が教える方程式や英文法を、ノートに書き写していく。15年前にはなかったこの便利なツールを駆使しながら、一歩ずつ、霧の中にある知識を手繰り寄せた。

「腕立て伏せも1回から始まった。勉強だって同じだ。1つずつ潰していけばいい」

肉体を鍛えてきた時のあの感覚を、今度は脳に適用する。仕事の合間や寝る前の時間を惜しんで、僕は18日間、ひたすら「やり直しのための準備」を積み上げた。

当日の朝。 あやちゃんの実家を出るとき、緊張よりも「やるべきことはやった」という静かな覚悟のほうが勝っていた。

試験会場の教室に入ると、そこには案の定、制服姿の10代の若者たちが放つ、独特の熱気が充満していた。 中学3年生の彼らの中に混じると、やはり自分が異物であるような気がして、わずかに肩が強張る。けれど、教室内をじっくり見渡すと、僕と同じように明らかに成人していると思われる人が2人、静かに座っていた。

その瞬間、ふっと肩の力が抜けた。

「僕だけじゃないんだ」

同じように、大人になってからもう一度ここへ戻ってきた人がいる。ただそれだけで、言葉にできないほど心強かった。人間、同じ志を持つ「仲間」が一人でもいると思えるだけで、これほど気持ちが軽くなるものなのかと驚いた。

学科試験は、国語、数学、英語の3科目。 YouTubeで必死に復習した成果は、面白いほど出た。 「これ、動画でやったやつだ」 スラスラと鉛筆が動く感覚が心地よい。中学レベルとはいえ、15年の空白を埋めて解答欄を埋めていく作業は、僕にとって最高の成功体験だった。8割は取れただろうという確信を持って、僕は筆記試験を終えた。

最後は、教員3名を相手にした個人面接だ。

緊張した面持ちで入室し、椅子に座る。 いくつかの質問が続き、やがて核心に触れる問いが投げかけられた。

「どうして、この年齢で本校を志望されたのですか?」

願書を出したときに体育の先生へ答えたのと、全く同じ言葉が口を突いて出た。

「人生を、やり直しに来ました」

それ以外に、ここに来た理由を説明する言葉が見つからなかった。そして、それが僕の偽らざるすべてだった。

その言葉を聞いた面接官の一人が、ふっとにっこり微笑んでくれた。 温かいけれど、どこか凛としたその眼差しが、僕の決意を認めてくれたような気がして嬉しかった。その女性の先生が、後に僕の英語の先生になり、学校生活で深く関わることになるとは、この時はまだ知る由もなかった。

試験を終え、夕暮れの校門を出る。 やり切った、という清々しい疲労感が全身を包んでいた。

18日間の努力。それが「合格」という形になって返ってくるのか。 僕の新しい人生への門出は、もうすぐそこまで来ていた。

つづく →