プレハブの仮校舎の前に着くと、そこにはすでに何人かの行列ができていた。
周りを見渡すと、当たり前だが制服姿の中学3年生と、その付き添いの親御さんたちばかりだ。 僕は受付前に並べられたパイプ椅子に腰を下ろし、近くに置かれたストーブの熱を感じながら順番を待った。
ふと気がつくと、隣に座っている親御さんたちのほうが、僕の年齢に近い。 これからこの、自分の半分ほどの年齢の若者たちと一緒に勉強することになるのか。そう思うと、なんだか不思議な感覚になった。
けれど、場違いな場所に来てしまったという恐怖や焦りはなかった。 「あぁ、いよいよそういうことになったんだな」 という、自分でも驚くほど静かで、妙に落ち着いた気持ちが胸の中にあった。
待合室に入った瞬間から、ある視線をずっと感じていた。 眼鏡をかけた、一人の小柄な男性がこちらをじっと見ている。学校関係者だろうか。 興味津々とでも言うような、不思議なものを見るような目で、彼は僕を観察していた。順番を待つ間も、彼はチラチラとこちらを気にしている様子だった。
やがてその男性が僕のほうへ近づいてきて、明るい声で話しかけてきた。
「こんにちは。願書を出しに来たの?」
「そうです」
僕が短く答えると、彼はさらに踏み込んだ質問を投げかけてきた。
「君は……どうして、うちの学校に入ろうと思ったの?」
取り繕う必要なんて、どこにもなかった。僕は彼の目を見て、正直な思いをそのまま口にした。
「後悔したくないからです。人生をやり直しに来ました」
言葉にした瞬間、自分でも驚くくらい、心がすうっと軽くなるのを感じた。 あやちゃんママの提案から始まった、この「高校入学」という選択。行かない理由を探していた夜もあったけれど、こうして言葉にしてみると、僕の覚悟はもうとっくに決まっていたのだと再確認できた。
余計な飾りをつけず、剥き出しの本音をぶつけた僕に対して、彼はにっこりと微笑んだ。
「そうか。……じゃあ、これからしっかり頑張らないとな」
短く力強いその言葉に、背中をポンと押されたような気がした。
無事に願書を提出し、僕は校舎を後にした。 あの時、僕に声をかけてきた眼鏡の男性が、実は体育の先生であることを知るのは、入学してしばらく経ってからのことだ。
31歳の冬。 僕はついに、新しい世界の入り口に願書を叩きつけた。 もう、迷う理由は何ひとつなかった。