入学願書を手元に用意し、必要書類のリストを一つずつ確認していった。
その中に、「中学校の卒業証明書」という項目があった。 僕が卒業した中学校は、地元である大阪にある。直接取りに行けない距離ではないが、往復の時間も費用もかかる。郵送で対応してもらうために、まずは学校へ電話をかけなければならなかった。
受話器を握りながら、僕は少しだけ躊躇した。
ただの事務的な手続きだ。分かってはいるけれど、どうしても緊張が解けない。それどころか、心のどこかに拭いきれない「恥ずかしい」があった。
16年もの間、連絡一つしていなかった母校に、31歳になった僕が突然電話をかける。用件は「これから高校に入り直したいから、卒業証明書が欲しい」ということだ。
「31歳にもなって、今さら高校かよ」
そんなふうに思われるんじゃないか。電話口の向こうで呆れられたり、鼻で笑われたりする光景が、勝手に頭をよぎっていた。15歳で学校を投げ出したという過去の負い目が、受話器を重くさせていた。
大きく深呼吸をして、大阪の市外局番から始まる番号を押した。
呼び出し音のあと、受付の方から校長先生へと電話がつながった。もちろん、僕が在学していた頃の先生ではない。全く面識のない、名前も知らない人だ。
「……あの、卒業証明書を発行していただきたいのですが、郵送での対応は可能でしょうか?」
努めて冷静に、けれど声が震えないように切り出した。すると、校長先生は穏やかなトーンで、確認のためにこう尋ねてきた。
「差し支えなければ、なぜ卒業証明書が必要なのか伺ってもよろしいですか?」
隠すことではない。僕は正直に、今の状況を伝えた。
「はい。これから東京の定時制高校に入学して、学び直したいと思っているんです」
一瞬の間があった。 何を言われるだろう。やっぱり変な奴だと思われるだろうか。
「……それは、素晴らしいことですね。ぜひ頑張ってください。すぐに用意して郵送しますよ」
校長先生のその言葉を聞いた瞬間、心の中に詰まっていた何かが、音を立てて崩れていくのが分かった。
否定されるどころか、顔も見たこともない僕の決意を、校長先生は心から応援してくれた。15年前に自分から断ち切ってしまった学びの道が、今の自分にもまだ開かれているのだと、公式に認められたような気がして、震えるほど嬉しかった。
電話を切ったあと、しばらくの間、受話器を持ったまま動けなかった。 肩の力がふっと抜け、視界が少しだけ明るくなった。
職業訓練校に落ちた時、僕は「もっと良い道へ導かれている」と信じることに決めた。 あやちゃんママの言葉、あやちゃんの笑顔、そしてこの校長先生の温かいエール。
すべてが、僕の背中を「新しい未来」へと力強く押し出してくれていた。