あやちゃんママのあの一言が頭から離れないまま、僕はパソコンを開いた。
「定時制高校」
検索窓に打ち込む。どんな学校があるのか。授業は何時から始まるのか。学費はいくらかかるのか。そして何より、30代で通っている人なんて本当にいるのか。気になることを片っ端から調べた。
調べれば調べるほど、新しい疑問が次々と浮かんでくる。画面をスクロールしながら、僕はふと、あることに気がついた。
あれ、僕は「行かない理由」を探しているんじゃないか?
ハッとした。
夜間だから昼間は仕事ができるし、調べてみると30代やもっと上の世代で通っている人の体験談も見つかる。さらに驚いたのは、今の制度では学費が無償化されていたことだ。僕が現役で高校に通っていた15年前には考えられなかったことで、これは素直に有り難いと思った。
客観的に見れば、通うための障壁はそれほど高くない。 それなのに、僕の頭は「でも」「だって」「今さら」という言葉を必死に探し続けていた。
「もしクラスメイトと馴染めなかったら?」 「4年間も通い続けられる体力が残っているのか?」 「卒業しても、その時僕は35歳だ。そこから何ができる?」
前向きにリサーチしているふりをして、実は「やっぱり無理だ」と諦めるための言い訳を、一つずつ積み上げようとしていたのだ。
それに気づいた瞬間、なんだか無性に自分自身が悔しくなった。 また後ろ向きになっている。自分を変えたくて、何かを成し遂げたくて、わざわざ大阪から東京まで来たんじゃなかったのか。
その夜。僕は隣にいたあやちゃんに、静かに切り出した。
「高校、行ってみようかな」
これからどう生きていこうか、というとりとめもない話の流れだった。改まった感じではなく、自分の中に溜まっていた思いが、ぽつりとこぼれ落ちたような感じだった。
言いながら、答えはもう分かっていた。あやちゃんがどう返すか、聞く前から見えていた気がする。
「いいんじゃない。行ったらいいよ」
予想通りの言葉だった。でも、やっぱり嬉しかった。
あやちゃんはいつもそうだ。「どうしようかな」と迷っている僕に、余計なことを言わず、ただ背中を押してくれる。反対されたことも、否定されたことも、ない。
「シュウくんが思ったようにすればいい」
それが、あやちゃんのスタンスだ。ただ黙って僕のことを信じ、見守ってくれている。そのシンプルな言葉が、どれだけ僕を動かしてきたかわからない。
職業訓練校に落ちたとき、僕は「きっともっと良い道へ導かれているんだ」と直感した。あやちゃんママの提案も、あやちゃんのこの快諾も、すべてが僕を「本当の道」へと押し出してくれているような気がした。
行かない理由を探すのは、もうおしまいだ。 30歳の夏。僕は15年ぶりに「学生」に戻るための、小さな、けれど決定的な一歩を踏まえることにした。