まず、腕立て伏せを1回やった。
「何かできることから始めよう。小さくていい、少しずつでいい。できないことをできるようにしていこう」そう決めた日の夜、布団の上で腕立て伏せを1回だけやって、眠った。次の日は2回。その次は3回。毎日1回ずつ増やしていった。笑えるくらい地味な話だが、当時の私には、それが精一杯のスタートだった。
でも、何かが変わり始めた気がした。
数をこなすにつれて「できることが増えている」という感覚が、じわじわと積み上がっていった。小さな達成感が、次の挑戦への背中を押した。腕立て伏せに自信がついた頃、次の目標が浮かんだ。「泳げるようになりたい」。子どもの頃に海で溺れかけたことはあったが、水が怖いわけではなかった。ただ、泳げなかった。なぜ泳げないのか、考えたことすらなかった。
ジムのプールに通い始めた。
「力を抜けば体が浮く」と言われたが、全然浮かなかった。力を抜いても沈む。じゃあ力が入っているのかと思って、さらに脱力してみても、やっぱり沈む。これは体の構造の問題なのかと半ば諦めかけたとき、あることに気がついた。
沈んでも、前に進めば泳げる。
浮かなくていい。完璧じゃなくていい。沈みながらでも、手と足を動かし続ければ、体は前に進む。それが泳ぐということだった。平泳ぎで、がむしゃらに手足を動かした。沈む。でも進む。沈む。でも進む。その繰り返しの中で、少しずつ距離が伸びていった。
目標は、足をつかずに2000m泳ぐことだった。
10m、50m、100m。毎週末ジムに通い、距離を少しずつ伸ばしていった。あやちゃんに「今日は〇m泳げたよ」と報告するたびに、ニコニコしながら「すごいね」と言ってくれた。その一言が、また翌週のプールへ向かう力になった。
2000mを達成した日、一番最初に思ったのは「あやちゃんに伝えたい」ということだった。