まず、腕立て伏せを1回だけやった。
「何かできることから始めよう。小さくていい、少しずつでいい。できないことを、一つひとつできるようにしていこう」
そう決めた日の夜。僕は寝る前に布団の上で両手をつき、重たい体を一度だけ沈めて、押し上げた。たった1回。時間にして数秒。笑えるくらい地味なスタートだったけれど、当時の僕にとっては、それが人生をやり直すための精一杯の「宣戦布告」だった。
次の日は2回。その次は3回。 毎日、昨日の自分に1回だけ上乗せしていく。30歳になって目覚めた、筋肉の微かな痛み。それが「昨日よりも成長している」という確かな証拠のように思えて、少しだけ嬉しかった。
転機が訪れたのは、その回数が「100回」を超えた時だった。
最初は1回やるのがやっとだったのに、気づけば三桁の数字を数えている自分がいた。100回。その数字をやり遂げた時、僕の中で何かが弾けた。
「自分は、変われる。望めば、どこまででも行けるんじゃないか」
15歳で学校を投げ出して以来、ずっと自分を縛り付けていた「どうせ無理だ」「自分はこの程度だ」という呪縛が、汗と一緒に流れ落ちていくような感覚。じわじわと積み上がった自己肯定感が、確固たる「自信」へと変わった瞬間だった。
自信が胸を満たし始めると、次に挑むべき大きな壁が見えてきた。
「泳げるようになりたい」
パラリンピックの映像を見たあの夜から、ずっと喉に刺さっていた棘。子どもの頃に海で溺れかけた経験はあったが、水が怖いわけではなかった。ただ、泳げなかった。泳ぐという行為を、端から諦めて生きてきた。
僕は、近所のジムのプールに通い始めた。誰に習うわけでもなく、一人での挑戦だった。
「力を抜けば、人間は浮くようにできている」
泳げない僕は、これまでの人生でいろんな人からそう聞かされてきた。自分でも「そういうものなんだろう」と思っていた。けれど、実際に水に入ってみると、僕の体は石のように沈んでいった。
力を抜いても沈む。もっと脱力してみても、やっぱり沈む。
「これはもう、体の構造上の問題なんじゃないか」 一人でプールの端に掴まりながら、半ば諦めかけたとき、ふと、あることに気がついた。
浮かなくていい。沈んでも、前に進んでさえいれば泳げるんじゃないか。
完璧に浮く必要なんてない。不格好でもいい。沈みそうになりながらでも、手と足を必死に動かし続ければ、体は目的地に向かって進む。それが「泳ぐ」ということの本質なんじゃないか。
僕は平泳ぎで、がむしゃらに手足を動かした。 沈む。進む。沈む。進む。その繰り返し。 10m、50m、100m。
毎週末、仕事の合間にプールへ向かった。 距離が少しずつ伸びていくたび、帰宅してあやちゃんに報告した。 「今日は〇〇m泳げたよ」
あやちゃんは、いつもニコニコしながら「すごいね、頑張ったね」と言ってくれた。その一言が、塩素の匂いで疲れた体に一番の栄養になった。僕はまた翌週、プールへと飛び込んだ。
目標は、一度も足をつかずに2000mを泳ぎ切ること。 それは、25mプールを「80回」折り返すという、気の遠くなるような反復だった。
そして、その日はやってきた。 静かな水の中で、僕はひたすら腕をかき、足を蹴り続けた。 25m泳いでは壁を蹴り、反転する。また25m泳いでは壁を蹴る。 「あと60回、あと40回……」 心の中で回数を数えながら、ひたすら青いタイルの底を見つめて進む。
40往復。80回。 肩は重くなり、息は切れる。何度も心が折れそうになった。けれど、あのトラックのキャビンで焦りに震えていた頃の僕とは違う。今の僕には、腕立て伏せを100回積み上げてきた時と同じ、一歩ずつ進んできたという自負があった。
最後の壁をタッチして、顔を上げた。 2000m。 足をつかずに、僕はやり遂げた。
達成した瞬間、一番最初に思ったのは「あやちゃんに伝えたい」ということだった。
「泳げない」と言って立ち止まっていた30歳の僕は、もうどこにもいなかった。 できないことは、できるようになる。 腕立て伏せ1回分の勇気が、100回の自信に変わり、僕を25mプールの80回先まで連れてきてくれたのだ。