引越し当日の朝、目が覚めた瞬間から、僕の気持ちは異常なほど高ぶっていた。
「どんな新しい生活が待っているだろう。東京ではどんな仕事をするだろう」
知らない街で、何かが劇的に変わる予感。荷物をまとめながら、僕の頭の中にすでに東京の街並みに飛んでいた。
本当は3月いっぱいでトラックの仕事を辞める予定だったけれど、後任がなかなか決まらず、結局4月いっぱいまでハンドルを握り続けた。一足先に東京へ転勤したあやちゃんを見送り、ようやく迎えた5月の連休。
狭い部屋には、地元の友人3人が駆けつけてくれた。小学校や中学校からの付き合いで、何も言わなくても手伝いに来てくれる。そういう奴らだ。男4人で黙々と荷物を運び出し、笑いながら、たまにふざけながら、気づけばトラックの荷台はいっぱいになっていた。
出発の時間が来て、3人に手を振った。 「頑張れよー」 短い声が聞こえた。長い別れの言葉はなかったけれど、それで十分だった。
今回の引越しは、今思えばとんでもない「弾丸スケジュール」だった。 東京にいるあやちゃんが、あやちゃんパパと一緒にトラックで大阪まで迎えに来てくれたのだ。荷物を積み込み、そのまま東京へトンボ返りする。片道500キロを超える道のりを往復する、無茶な強行突破だ。
トラックの狭いキャビンに、大人3人が肩を寄せ合うようにして乗り込んだ。 運転席の僕、真ん中にあやちゃん、そして助手席にあやちゃんパパ。 ただでさえ狭い空間に3人が詰め込まれ、身動きひとつとれない。パパは道中、何度か「疲れたら、いつでも運転代わるよ」と優しく声をかけてくれた。その静かな気遣いが、疲れ切った体に染みた。
出発は、すでに夕方。東名高速を走りながら、僕はハンドルを握った。 けれど、1ヶ月延長した仕事の疲れと、連日の引越し準備。慢性的な睡眠不足だった僕の体は、すでに悲鳴を上げていた。プロのドライバーとして10年やってきた自負はあったけれど、この時ばかりはじわじわと目が重くなり、意識の底が抜けるような感覚に襲われた。
名古屋のあたりで、ついに限界が来た。 「……少し休みましょう」
パーキングエリアに入り、あやちゃんパパが無言で運転席に座った。 僕はあやちゃんと場所を入れ替わって、助手席の端に座った。トラックのシートは後ろに倒れるゆとりなんて1センチもない。窮屈な姿勢のまま、窓枠に頭を預けた瞬間、僕は意識を失った。
次に目を開けたとき、窓の外にあったのは、どこにでもあるようなごく普通の、静かな住宅街だった。
早朝の澄んだ空気。 トラックに積み込んだ荷物を一つひとつ運び出す。重たい段ボールを抱えるたびに、肩にのしかかる重みが、これから始まる新しい生活の確かな手応えのように感じられた。
「いよいよ、始まるんだな」
15歳で学校を辞めてから、長い間止まっていた僕の時計が、東京の片隅にあるこの静かな街で、ゆっくりと、けれど力強く、再び動き出そうとしていた。