入学式が終わり、校内に新しい15歳たちの姿が目立つようになった4月中旬。 体育館で、毎年恒例の「新入生歓迎会」が開催された。
去年は新入生として、どこか場違いな自分を感じながらパイプ椅子に座っていた僕。けれど、2年生になった今年は「歓迎する側」の主役の一人だった。
今回の僕には、二つの大きな役割があった。 一つは、在校生代表としての挨拶。そしてもう一つは、軽音楽部の宣伝のための演奏だ。
まずは、在校生代表の挨拶。 体育館のステージに立ち、並んだ新入生たちを見渡す。32歳の僕が15歳の彼らに向けて、この学校の楽しさを伝える。ここは生徒会長としての公務だ。
挨拶を終えると、息つく暇もなく軽音楽部のPRステージへと切り替える。 今回の出し物は、僕一人の弾き語り。曲は秦基博の「ひまわりの約束」を選んだ。 正直、歌詞に深い思い入れがあったわけじゃない。ただ、新入生を勧誘するためには、誰もが知っていて、かつ「お、軽音部いいじゃん」と思わせるクオリティを見せる必要があった。
だが、この曲の伴奏は僕にとってかなりの難関だった。 アルペジオの指の動きが複雑で、練習期間中、一度として満足に弾ききれたことがなかったのだ。部室の放送室でも、自宅でも、何度やっても指がもつれる。
「板野さん、大丈夫ですか……?」 舞台袖で見守るまさみやひさとの視線が痛い。「部員を増やさなきゃいけないんだ。本番までにはなんとかする」と自分に言い聞かせ、必死に指を動かし続けた。
そして迎えた、体育館での本番。 眩しいライトを浴び、たった一人でステージ中央に立つ。
(よし、ここで失敗したら勧誘にならない。絶対に決める)
心臓の鼓動を抑え込み、イントロのアルペジオを爪弾く。 すると、どうだろう。 あれほど僕を苦しめた運指が、驚くほど滑らかに動いた。練習でのミスが嘘のように、完璧な音が体育館の隅々まで響き渡る。
歌いながら、「やっぱり僕は本番に強いんだな」と冷静に確信していた。 一音も外すことなく、最後まで弾き語り通した。新入生たちの温かな拍手を浴びながら、僕は「これで少しは部員候補の興味を引けただろう」と、宣伝担当としての任務を終えた手応えを感じていた。
歓迎会の後、余韻というよりは「仕事」を終えた解放感で図書室へと向かった。 扉を開けると、そこに見慣れた顔があった。1年生の時に同じクラスだった、みさだ。
けれど、彼女は2年生のテーブルにはいなかった。 新入生たちの中に混じって、そこに座っていた。
「……みさ?」 「あ、会長」
彼女は少し気まずそうに、でもどこか吹っ切れたような顔で笑った。 1年生の時、いつも授業中にイヤホンをつけて自分の世界に閉じこもっていた彼女は、結局単位が足りずに留年してしまったのだ。 (みさ、お前本当に留年したのか……) 言葉にできない複雑な思いが胸をよぎったが、彼女は新入生たちに囲まれ、どこか平然としているようにも見えた。
彼女の周りには、数人の新入生が腰掛けていた。 「こんにちは。2年生の板野です。生徒会長もやってるんだ。よろしくね」 僕が挨拶すると、新入生たちは「あ、さっきの人だ!」「おじさんが会長なの?」と驚きの声を上げた。みさはそんな彼らの反応を、どこか冷めたような、それでいて気まずそうな様子で黙って見ていた。
その新入生たちの中に、一人だけ、周囲とは明らかに違う空気を持つ女の子がいた。 名前は、しゅうこさん。 15歳の中に混じると、その落ち着いた雰囲気が際立っていた。
「しゅうこさんは、すごく大人っぽいね!」 僕が声をかけると、彼女は少し照れくさそうにこう答えた。
「……実は私、もう成人しているんです」
聞けば彼女は二十歳。交際している彼氏に勧められて、この学校への入学を決めたのだという。彼女の決断を尊重し、背中を押してくれた素晴らしい彼氏さんだな、と僕は感心した。
しゅうこさんは、僕の目を見て静かに言った。
「板野さんが生徒会長で、本当に安心しました。ここなら、若い子たちに混じって一緒にやっていけそうだなって思えたんです」
その言葉に、僕はハッとした。 僕が生徒会長として必死にステージで宣伝したり、挨拶したりする姿を見せることが、しゅうこさんや、同じクラスの編入生・松井くんのような「大人」の仲間たちにとっての安心感になっていた。
自分が楽しくて動いていることが、図らずも誰かの居場所を保証することに繋がっていた。
「ひまわりの約束」のメロディが、まだ耳の奥に残っている。 宣伝のために必死に練習し、本番で完璧に弾ききったあの音。
32歳の生徒会長。 僕の2年生は、軽音部の看板を背負ったステージと、図書室で再会したそれぞれの「現実」とともに、本格的に動き出した。