大阪でトラックを走らせていたあの日、スピーカーから流れていたのは、いつものFM802だった。 「HIRO T’S MORNING JAM(ヒロティーズモーニングジャム)」。 ヒロ寺平さんのあの独特な声が、慌ただしい午前中の配送ルートを包み込んでいた。 ふいに、ラジオからこんな歌が流れてきた。
「今日より明日が良い日であるように、心で泣いても笑っている。ああ僕ももうすぐ30才、気づけば僕も30才。これでいいのかわからず30才。それでも頑張れ、僕らも30才」
その瞬間、ハンドルを握る僕の心臓を、直接掴まれたような気がした。
お気に入りの音楽やDJの明るい声を聴きながら、ひたすらアクセルを踏み続ける毎日。睡眠不足は当たり前で、ぎっくり腰になっても現場を離れられない。給料は安く、やりたいことをやる時間も体力も残っていない。 「……僕も気づけば、30才だ。これでいいのかな」 ヒロさんの声を背に、走行距離とともに積み上がっていくのは、何者にもなれていない自分への焦りだけだった。
追い打ちをかけるように、家に帰ってふと目を向けたテレビには、パラリンピックの映像が映っていた。腕や足のない選手たちが、水をかき分けて力強く泳いでいる。画面越しでも伝わってくるほどの熱気。その光景をぼんやりと眺めていたとき、僕は決定的な事実に気づいてしまった。 「自分は、泳げないカナヅチだ」 手も足もある、五体満足の30才が、泳げない。挑戦すらしたことがなかった。 泳げないことだけじゃない。ふり返れば、僕の人生は「挑戦」から逃げてばかりだった。16才の夏、「つまらない」という理由で高校を辞めて以来、僕の時計は中卒のまま止まっている。
このままじゃいけない。人生をやり直したい」 そう決心したとき、僕の近くには背中を押してくれる大切な人がいた。その支えがあったからこそ、僕はトラックを降り、31才で、夜の校舎からもう一度「高校生」をやり直す一歩を踏み出すことができた。
こんにちは、板野です。 このブログは、元中卒トラックドライバーの僕が、31才から卒業までの4年間の高校生活をリアルに書き綴ったものです。 高校での日々は、想像以上に豊かだった。そこには、年齢も背景も違う人間が、ただ「学びたい」という純粋な気持ちでつながれる、不思議で温かい空間があった。
このブログが、かつての僕と同じような思いを抱えている、誰かの目に届くことを願っています。 学歴にコンプレックスを抱えたまま、なんとなく毎日をやり過ごしている人。「やり直したい」と思いながら、「今さら」と踏み出せずにいる人。 やり直すのに、遅すぎることはない。 僕には背中を押してくれる大切な人がいた。 今度は、このブログを通じて誰かのきっかけになれたらいいなと思います。
今日が僕たちの人生でもっとも若い日だ。今日から始めよう。今日だけ頑張ろう。 僕の、新しい「1年生」が始まる。